社交不安が情動表現手法の効果に与える影響
水野 華奈(2013年度卒)
Social Anxiety(社交不安、以下 SA)とは、「他者の前で表現・活動するときに経験する不安」である(松成と針塚, 2003)。SAを抱える人々は多くの場合、緊張や不安を生むような社会的状況を避け、会話に最低限しか参加しない傾向がある (Learyら, 1987)。SAを抱える人々の表現方法や解釈の特徴についてはこれまでに多くの研究が行われている(Philippot とDouilliez, 2005; Koizumi ら, 2011)。しかし、現在使用されている表現方法が本当に話者の伝えたい内容を聞き手に伝えるものであるか、SAを抱える人々が表現手法に対しどのような認識を持っているかについては明らかになっていないものが多い。また、SAを抱える人々がそれらの表現手法を使用する能力を持っているのかについてもほとんど明らかになっていない。そこで本研究では情動の伝達に注目し、SAを抱える人々の表現手法に対する認識と使用能力の実態を明らかにすることを目的とした。
本研究では、先行研究をもとに 6 つの表現手法を用意し、被験者実験によって各表現手法に対する認識と使用能力を調査した。実験は三回に分けて行い、一回目では表現手法に対する認識のアンケートを実施した。また、Positive, Sad, Angerの3種類の情動を表現するストーリーの音読によって情動を表現してもらった。続く二回目で日常生活の中での表現手法の実践について説明し、一週間情動を伝達する際に表現手法を実践してもらった。三回目には、実践期間による表現手法に対する認識やSAの変化を、アンケートを使用して調査した。本実験の参加者は筑波大学の学生の女性16名であった。
実験の結果、「Positiveな情動の表現で発話語数を増加させる」という表現手法を意図的に使用した場合は情動の伝わる強さが上昇するが、「Sad な情動の表現で発話語数を減少させる」という表現手法では情動の伝わる強さが低下する傾向があることが明らかになった。また、表現手法に対する認識では、高SA群は低SA群よりも表現手法の使用に対する意識と情動が伝わる強さの上昇度の関係が強い傾向がみられた。以上のことから、表現手法の実践能力には高SA群と低SA群で顕著な差はみられないが、高SA群の上昇度は低SA群よりも表現手法の使用に対する意識に左右されやすいことが示唆された。そのため、情動表現の支援の際、高SA群には使用に対する意識が高い表現手法を提案した方が効果的であるといえる。実践した表現手法とSAの変化の関係には今回の実験では顕著な傾向がみられなかったが、実験参加によって「自分の情動表現を見直す機会になった」「より具体的に伝わりやすい表現を意識するようになった」など、Positiveなフィードバックが多くみられた。
今回の実験では、情動表現の際の制約が強く、調査対象が少なく偏りがあるなどの問題があった。そのため今後は、提示する表現手法や調査対象を増やし、より制約の少ない環境で表現手法の実践とSAの変化の関係を調査することで、SAの軽減に効果的な表現手法が明らかになると考えられる。